逆境のときにギリギリまで逃げない

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つらい境遇から逃げようと思えば、かんたんに逃げられる。自死を選択するほどに憔悴しきってしまったなら、なおさら逃げたほうがいい。

どんなにもがいても前に進みそうにないとき、結果が伴わないとき、それでも歩き続けるしかない。

完璧主義の傾向が強いと、調子が悪いときなどに、すぐ、代替案を考える。頭の回転が早いといえばそうなのだが、結局はムダな足掻きで終わる。

学校の勉強でいえば、成績が良くない、習得に時間がかかるなど、問題に突き当たったときにすぐにあきらめてしまう。

逃げてしまえば、自分は本気でやってないという言い訳ができる。本気でやって成績が悪いことの方が恥ずかしいし、何より自尊心やアイデンティティが保てなくなる。とくに、小さい頃からまわりの大人達の期待を裏切らないように頑張ってきたならなおさらだ。

人よりを得意なこと、自信があったことで、ズタボロに負けるのは、本当に辛い。人生におけるほとんどの時間を費やしてきたなら、自我など保てなくなるだろう。本気でやってきた人間だからこそ、本当に辛くて認めたくなくて、逃げ出したくなるのだ。

誰よりも負けたくなくて、本当は、狂気を纏うくらい負けず嫌いで、一歩間違えば自分を壊してしまうぐらいの努力家だ。だから、全力で頑張って負けたときのダメージは計り知れない。本気で頑張ることを避けて傷つかないようにする。

しかし、渦中にいるときは気がつかないが、人間は負けても命あるかぎり生きなければならない。負けて終わりじゃない。負けたまま生き続けなくてはいけない。たとえ、勉強で一番になれなくても生きなくていけない。

さらに、自分の能力の適正だったり、やりたいことがその分野であったなら、諦めるわけにはいかないだろう。もしくは、アイデンティティを守るために本気を出さない生き方を選択していくかもしれない。それも、間違いじゃない。立派な処世術だ。

ほとんどの人は、どんなに本気で頑張ってもなかなかそれぞれの分野で一番になることはできない。もっと言えば、ずっと一番でいられることなどほとんど無い。ひとは必ず衰え、世代は移り変わる。同じ人間がトップに居座れるほど簡単なことじゃない。さらに分野はひとつじゃないのだ。せまい世界のトップにどれほどの価値があるのだろうか?

しかし、それでも偉大な結果を残し、多くの功績を残す人間がいる。そういう人間は最初のうちは、誰かの作った基準の中で評価されない。評価されないのに、ただただやり続ける。そもそも、まわりからの評価など興味が無いのだろう。唯一、他者に望むことは、「邪魔されないこと」だ。

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