やりたいことを失わせる社会制度に気付け

やりたいことがある。

そのために必要な知識は、自らが学んでいく。

人間のあたりまえの知的欲求が、あたりまえに満たされる世界を渇望する。

四則演算に何年も費やすことに意味はない。

数学や物理、言語や歴史的な知識が、必要ないとは言っていない。

ただ基礎的な最低限のことに必要以上の時間を費やすほど、人生ながくないのだ。

そのために限られた貴重な時間を費やすこと自体、コスパが悪い。

はじめから、そういった基礎的な学習を全員に強要することに意味がないと言いたい。

小学生のころまでにおおよそやりたいことなど決まっている。

大学生になってからやりたいことを探すなど、愚の骨頂だ。

遅すぎる。

大学生のうちにたくさん遊んでおきたいなんて、だれが言ったのか?

そんなの小学生のうちにたくさん遊んで、やりたいことなんて、本当はみんな気付いている。

それなのに、親や社会は、無理やり興味のない基礎学習を詰め込む作業を強要し、そのうちに、子供のやりたいこと、興味のあることを否定していく。

子供たちが社会に出るころには、すっかりやりたいことへの情熱など冷めてしまっているのだ。

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