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ピンチはチャンス

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最近はよくピンチはチャンスという言葉を耳にするが、なかなかそれを実感できる場面は少ない。 人によってもピンチと言われる状況はそれぞれだし、実はピンチというのはギリギリの状況に聞こえるかもしれないが、まだ打つ手があるという状況でもある。

逆もまたしかり、チャンスという言葉はまだ成功したわけではなく、あくまでも成功に至るまでの一つの方法でしかない。

言葉が生まれてから文化が誕生するとよく言われているが、この言葉はどちらにしても曖昧で絶望ではなければ成功でもない。

そうとはいえ、物事があまりうまくいかない時に前向きに考える方法としては心に留めておいてもいいだろう。

 

ピンチというのは今自分が置かれている状況が逼迫していることを示している。

当然そうなったのには理由があり、結果としてその状況が訪れたのである。

つまりはその状況を作り出したのは自分自身であり、それがビジネスであれば力が及ばなかった部分、足りなかった部分、意識していなかった部分があるから招いた結果なのである。

ピンチは自然発生する場合と自分自身が招いてしまった場合とがある。

どちらの方が多いかと聞かれれば難しい問題だが、 確率的には自分が招いてしまうケースの方が多いのではなかろうか。

現代社会においては自然発生するピンチというのはある程度保証してくれる仕組みになっている。 世界的な不況や大規模での天災などは避けようとして避けられるものではない。

規模にもよるだろうが国家や国民同士が救済するケースも少なくはないだろう。

 

今回取り上げて考えたいのは、 自分が不甲斐ないばかりに招いてしまうピンチだ。

これはまったくもって大問題なのだがほとんどの人が胸に手を当ててみれば思い当たる節があるだろう。

そして、ピンチな状況を招いた自分の至らない部分など、できれば目をそらしておきたい部分なのだ。

だから、ピンチという状況はそのことを気づかせてくれるという意味では大きなチャンスには違いない。

ピンチをチャンスに変えるということは、今まで不甲斐なかった自分を認め、足りなかった部分を考え、今までよしとしていたことを全く逆の発想をもって改善していく必要がある。

多くの場合その行動は苦痛を伴い、時間と労力を費やすことになる。

簡単に言えば今までサボっていた部分、逃げていた部分を見つめ直し、考え、行動していかなければならないからだ。

 

例えば料理人のように技術を第一とする職業に就いて、長年の修行を終えて独立したとしよう。

一人前になるまでに長い間辛い修行に耐え、素晴らしい技術を身につけて晴れて独り立ちできた。

出店した店には修行時代のなじみの常連客が訪れてくれて祝福してくれる。

こういった職人気質の業界では技術さえ素晴らしいものがあれば、いくらでもお客さんは来てくれると言う考え方が根付いている。

長い期間の辛い修行に耐え抜きさえすれば未来永劫、成功は訪れると言う幻想が頭にこびりついているのだ。

よく一人前になってからがスタートラインにたったということだ。と言われているが、実際長い間技術にしか目を向けてこなかった職人にとって、そのスタートラインすらも、また技術を磨いていくためのスタートラインだと思ってしまう。

もちろん、ずっと技術を磨いていくことは必要なことだし、新しい技術を身につけていくべきだと思う。

 

そして独立した職人は自分でお店を持った、独立した、という本当のスタートラインの意味を理解せぬまま、またさらに技術磨くにだけ時間を費やしていく。

黙々と毎日素晴らしい技術で料理を作っていれば勝手にお客さんはどんどん来てくれると思い込んでいるのだ。

 

今まで修行している間は料理以外にも掃除などはすれど、どれぐらいの値段で材料を仕入れ、どれぐらいの価格帯でメニューを設定し、家賃や光熱費、つまりは経営の部分にそれほど修行の時間を費やすことはなかったのだ。

 

経営というものがどういうものなのか全く理解しないまま独立して自分の店を持った。

修行していた店にオーナーがいたのか親父さんと女将さんがいて、女将さんが経理を担当していたかのかは分からないが、 なかなかお金の管理など任せてもらえるわけもないし、何よりも少しでも早く技術を学ぼうとしていたら、そちらに気が回らなくなっているのが当たり前である。

 

これは飲食業に書き出すどんなビジネスにも言えることだと思うが、売上というのはお客さんの人数と一人のお客さんが落としてくれる金額で決まってくる。

店を続けていくためには何よりも売上が必要なのだ。

いくら良い技術を持って美味しい料理を提供していようと、お客さんが来てくれて適切な料金を支払ってくれなければお店を続けていくことはできない。

いくら常連客が来てくれると言っても、人間誰しも飽きがきたり、転勤があったり、引っ越しがあったり、極端な話亡くなってしまったり、常連客も永久ではないのだ。

 

もちろん口コミなどで広がっていくことも多いとは思うが、 こちらから何もアプローチをせずにお客さんが勝手にお客さんを連れてくるという時代はもう終わりを告げている。

なぜならあまりにもサービス業が乱立し、同じようなサービスを提供するお店が多数存在するようになってしまったからだ。

口コミや紹介なので一度は訪れてくれたとしても、その人が常連客になってくれる確率はかなり低い。

もちろん同じ価値観を持ってお店を訪れてくれる人がほとんどなのだが、紹介された人クチコミで訪れた人みんながずっと通い続けてくれるとは限らない。

最近では口コミもネットなどで広がり、会ったこともない顔も見たこともない人の言葉を信じお店を訪れる。

たとえ一度お店を訪れてこなくなったとしても体裁を気にしなくていいのでよほどの感動がなければ二度と訪れることはしない。

もっと良いお店、もっと良いお店、とひとつのお店に定着する確率は昔のように高くはないのだ。

口コミという言葉は昔からあるが、その重さや確実性は今とは比べ物にならない。

お客様一人一人が自由に選択できる幅が広がったからだ。

 




話は戻るが、技術以外本気で学んで来なかった料理人は、本当に経営者としての勉強をただサボっていただけだったのだろうか?

いや、サボっていたというのとは少し違う気がする。

むしろ意識していなかったか、そのことについて全く教えてもらえなかったかだろう。

日本人の持つイメージとして、修行というのはただただ教えてくれる親方や先輩の真似をして受動的に学ぶ姿勢が望ましいとされている。口答えせず、白いものも黒と言われれば黒と答えなければならない。

修行時代に優秀で真面目にやって生きた人間ほど自発的に何かを考えることが不得意になってしまう。

もちろんそんな状況においても、自分からどんどん経営やマーケティングを勉強し、技術は持ちながら経営者としての意識を高めていく人もいる。

ただ今日本においてそういう技術者は圧倒的に少ないように感じる。

真面目で優秀な技術者ほど、一つのことに集中しているので脇目も振らず一心不乱に技術を高めていくことが美徳とされているのが日本なのだ。

 

さあこの後、技術は素晴らしいものを持っているが経営のことは全く勉強してこなかった、意識してこなかった、この料理人はどんなピンチを迎えるのか?

 

お客さんが減ってきても集客する方法がわからないので、みんなの真似をして全国誌のグルメ情報サイトに広告を出すことになる。

 

もちろん経営者として、この選択はある意味では正解であり、ある意味では間違いでもあるのだ。

 

何が言いたいかと言うと、料理人にとって技術というのはなくてはならないものだ。

しかし独立して経営者となった今、技術と同じぐらい経営の知識がなくてはならないのだ。

 

技術さえよければ黙っていてもお客様が来ると言うプライドを捨て、広告を打ったことは正しいのだが、果たして解決策として用いた方法はどれだけの経営組織の中で導き出した答えだったんだろうか。

 

たとえ知識がなかったとしても、自分の頭に汗をかき、長い時間をかけて計画を立て導き出した答えだったのだろうか。

 

つまり、経営者になったからには、当然経営者という顔と技術者という顔を持ち合わせることになる。今まで技術を勉強してきたのと同じぐらい、経営についても勉強していかなければならないし、技術を真剣に捉えているように、広告の打ち方一つにしても真剣に考えなければいけないのだ。

 

同業者が行っていることを真似して、自分で考えることをせず、ましてや宣伝文句の一つも自分の言葉で書くこともせず、自分の店なのに将来のビジョンを明確に持たず、時間も労力もかけずに簡単に導き出した答えが高い費用をかけて、インフラからコピーライティングまで他人任せの広告活動が、良い結果を導き出すとは到底考えられないのである。

 

長い年月、技術を磨いてきたのと同じように経営者としてのスキルも磨いていかなければならないのだ。しかも運営していくだけの売り上げはキープしたまま同時並行で新しい展開を考えていかなければならない。大きい企業が経営を専門とする何人ものベテランを酷使し、昼夜問わず試行錯誤しながら失敗を繰り返し導き出した答えに、片手間で考えた経営理念が通用するはずもない。

一人の技術者が独立し自分の店を持ち経営者になったからには、今までの日本独自の美徳で固められたプライドを捨て、マーケティングや広告活動というものを真剣に捉え、 小規模とはいえ収益を出していくことが最終目標なのである。

どちらか一方に比重が偏ってしまってはいけない。

まして小さな店で、技術者と経営者を本人が兼任している場合、頭の中を二つに分け、両極にある立場を切り替えて使っていかなくてはいけないのだ。

 

かなり偏った考え方だとは思うが、一つの真理でもあると思う。

 

スタートラインに立つということは、今までの延長ではなく、その名の通りまた新しい考え方でスタートを切らなければいけないことを意味している。

 

今回はビジネスという観点だけでピンチはチャンスという言葉を考えてみた。

 

誰にでもピンチは何度も訪れるだろう。

 

なかなか本当に切羽詰まったピンチというのが訪れなければ人間は考え方を改めたりはしない。

 

ピンチというのはひとつの転換期であり、チャンスというのはその転換期で自分の考えを切り替え、更なる負荷を背負えるかということだ。

 

そのために人間は強くなり、乗り越えた者だけが成功者と呼ばれるのだろう。

 

ピンチを乗り越えられるものは、誰かとくらべて競争して勝ち負けを決めるものではなく、自分が何十年も大事にしてきたものが、ピンチを招いてしまった原因だと分かれば、打ち砕き乗り越えながら、一歩一歩成功へ向かって歩き続けられるものだと思う。

 

ピンチは簡単には乗り越えられない、試行錯誤し膨大な時間と労力を費やし、それでも乗り越えられるかどうかは分からない。

 

解決法を誤れば、ピンチなどという生易しいものでは済まず、完全な敗北が待っている。

 

残酷なようだがこれが現実であり、真実だ。

 

しかし残酷であるからこそ人は真剣になれる。

 

ピンチはそれを教えてくれる警告であり、敗北一歩手前の最後のチャンスなのだろう。

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